大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)9525号の1 判決
原告
日本理器株式会社
右代表者代表取締役
福田勉
右訴訟代理人弁護士
牛田利治
同
大野潤
右牛田訴訟復代理人弁護士
白波瀬文夫
右輔佐人弁理士
岩永方之
被告
大洋精工株式会社
右代表者代表取締役
鈴木康裕
右訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
今中利昭
同
吉村洋
同
釜田佳孝
同
浦田和栄
同
谷口達吉
同
松本司
右輔佐人弁理士
安田敏雄
同
中野収二
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙(一)物件目録記載の物件を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。
2 被告は、その保管中の前項記載の物件を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金一五三〇万円およびこれに対する昭和五九年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、左記の登録意匠(以下、「本件意匠」という)の意匠権者である。
出 願 昭和五二年一〇月二〇日
意願昭五二―第四一八三二号
登 録 昭和五四年三月三〇日
登録番号 第五〇六九七六号
意匠にかかる物品 手動リベッター
登録意匠の範囲 別紙(二)意匠公報写しの図面代用写真に示されるとおり手動リベッターの形状
2 本件意匠の構成は別紙(三)のとおりで、その説明は別紙(四)のとおりである。
3 被告は、別紙(一)物件目録記載の物件(以下、「イ号物件」、「ハンドナッター」ともいう)を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示している。
4 イ号物件に施されている意匠(以下、「イ号意匠」という)の構成は別紙(五)のとおりであり、その説明は別紙(六)のとおりである。
5 以下のとおり、イ号意匠は本件意匠に類似する。
(一) 主位的主張
(1) 本件意匠は、その全部が新規なものであり、公知公用部分は存在しない。
そして本件意匠を見る者の注意を強くひく部分は正面又は背面からみた形状等であるから、本件意匠の要部は、正面又は背面からみた全体にわたる形状である。
(2) 本件意匠とイ号意匠の対比
(ア) 経験則上、二つの意匠を対比するときの見方としては、
① 両者の全体的印象を概括的に対比する。
② 比較的まとまりのある基本的な部分毎に構成・美感を対比する。
③ 右基本的な各部分の構成の全体におけるバランスをみる。
④ 微細な点を対比する。
等の見方が考えられる(右②、③は、①の全体的印象と関連するものである。)ところ、右①ないし③において同一又は類似であるならば、微細な点(④)に相違点があつても、両者は特段の事情がない以上、同一又は類似の美感を呈することになり、類似関係にある。
(イ) 本件の場合、本件意匠とイ号意匠の全体的な美感をみると、両者は、ともに「全体的形状としては、細長い丸棒に各種リング等が嵌設された形状の本体(1)と、右本体に対し正面又は背面からみて約四五度の角度をもつてとり付けられている細長い鮫形のアーム部(2)により構成されている」(構成①と①′の対比)ものであり、「本体の先端部には、ねじやまが刻設された細長いスクリューバー(3)が設けられ」(構成②と②′の対比)ているため、先端部は鋭くとがつた印象を与え、本体中央部は各種リング等が嵌設等されているため複雑な印象を与え、細長い丸棒状の本体の尾端には、球形の握りローレット(24)が設けられているため丸味をおびた印象を与えているものであり、本件意匠とイ号意匠の全体的な美感は同一又は類似である。
(ウ) 次にもう少し詳しく、比較的まとまりのある左記①ないし④の基本的部分毎に本件意匠とイ号意匠を対比する。
① 本体前部
スクリューバー(3)からリングA(8)(又はフランジ(8))の握りローレット(24)寄り端部にいたるまでの基本的部分
この部分は、本件意匠の中で比較的よく目立つアームサドル(9)によつて、外観上本体中央部と遮断され、見る者に当該部分が孤立している感じをいだかせると共に、本体前部自体は比較的短く、単純ですつきりしており、後述の本体中央部が各種リング等が嵌設等されてごちやごちやしているのとは異なる印象を与え、本体前部で印象上一つのまとまりある基本的部分をなしている。
② 本体中央部
リングA(8)(又はフランジ(8))の握りローレット(24)寄り端部からフレーム固定リング(20)の終端部にいたる基本的部分
この部分には、アーム部分のアームサドル(9)がまたがつており、オーバーピース(12)、リングB(14)、リングC(16)、リングD(17)、リングE(18)が嵌設されるなど、さまざまの形態をした多数の部材が付着されているため、見る者に複雑でごちやごちやした印象を与え、本体中央部で印象上一つのまとまりある基本的部分をなしている。
③ 本体尾部
フレーム固定リング(20)の終端部から握りローレット(24)の終端部にいたるまでの基本的部分
この部分は、細長い棒状の部材の先端に球形の握りローレット(24)がつけられている形状で、見る者に、細長く、単純で、ユーモラスな印象を与えているものであり、本体尾部で、印象上まとまつた一つの基本的部分をなしている。
④ アーム部分
アーム部(2)及びこれと一体成形されたアームサドル(9)及びアームスプリング(27)で構成される基本的部分
この部分は、細長い鮫形のアーム部(2)が、これと一体成形されたアームサドル(9)を介して本体(1)にとりつけられ、アームスプリング(27)が設けられているものであり、右アーム部分は、印象上まとまりある一つの基本的部分をなしている。
(エ) そこで右①ないし④の基本的部分毎に、本件意匠とイ号意匠を対比すると、次のとおりである。
① 本体前部について
(イ) 本件意匠とイ号意匠の両者において、スクリューバー(3)、ノーズピース(4)、ノーズ(5)、ノーズセットナット(6)、ヘッド(7)、リングA(8)(又はフランジ(8))のそれぞれの形状、大きさのバランス、配置状態は同一又は酷似しており、本体前部の与える美感は同一又は類似である。
(ロ) 本件意匠とイ号意匠には、
a本件意匠ではノーズピース(4)とノーズ(5)が別体に成形されているのに対し、イ号意匠では一体に成形されている点
b本件意匠ではノーズピース(4)の外周にローレット加工がされているのに対し、イ号意匠では右加工がない点
c本件意匠ではヘッド(7、11)が一連の連続する単一の円筒形を成しているのに対し、イ号意匠では前側ヘッド(7)と後側ヘッド(11)に分割され、後側ヘッド(11)の径は前側ヘッド(7)よりもやや径大となつている点
d本件意匠ではリングA(8)が固着されているのに対し、イ号意匠ではフランジ(8)がヘッドに一体成形されている点
e本件意匠ではノーズセットナット(6)、ヘッド(7)、リングA(8)は金属色であるのに対し、イ号意匠ではすべて黒色となつている点
において相違点があるものの、それらはいずれも見る者の注意をほとんどひかないものであつて、本体前部の与える美感の同一性又は類似性を失わせる程度のものとはいえない。
② 本体中央部について
この部分は、前述のように、さまざまの形態をした多数の部材が付着されているため、見る者は、複雑な形態であるとの印象を抱き、リングの設置位置、各部材の色彩の相違などの微細な相違点はかえつて注意をひかず、せいぜい両意匠において、いずれもリング様のものが四箇嵌設されていること、アームサドル(9)が該部分にまたがる様にとりつけられていること、ヘッド(11)が見えていることに気付く程度であるから、見る者に類似の美感を与える。
③ 本体尾部について
(イ) この部分は、両意匠とも大部分一致しており(⑭〜⑰と⑭′〜⑰′の対比)、与える美感は同一又は類似である。
(ロ) この部分では両意匠の間に
aイ号意匠ではスライドパイプ((22)の2)が露出しているのに対し、本件意匠では露出していない点
b本件意匠ではフレーム(21)、フレームリアナット(22)が金属色であるのに対し、イ号意匠では黒色である点において相違するものの、それらはいずれも見る者の注意をほとんどひかないものであつて、本体尾部の与える美感の同一性又は類似性を失わせる程度のものとはいえない。
④ アーム部分について
(イ) この部分は、両意匠の構成は大部分一致しており(⑱〜と⑱′〜′の対比)、両者におけるアーム部分の与える美感は同一又は類似である。
(ロ) この部分で両意匠には、
a本件意匠ではアーム部(2)はアームサドル(9)によつて本体(1)と連結されているのに対し、イ号意匠ではアーム部(2)はオーバーピース(12)を介してアームサドル(9)により本体(1)に連結されている点
b本件意匠ではアームスプリング(27)の一方の端がオーバーピース(12)に当接されているのに対し、イ号意匠では一方の端がアームサドル(9)内に進入してオーバーピース(12)に当接されている点
c本件意匠ではアームクローズストッパー(29)がハンドグリップ(31)側終端部付近に突設されているのに対し、イ号意匠ではアーム(26)のハンドグリップ(31)側終端部とアームサドル(9)との間の中央に突設されている点
dイ号意匠ではアームクローズストッパー(29)とアームサドル(9)との間におけるアーム両側面に銘板用の凹部を形成し、該ストッパー(29)の両側からアーム(26)の終端部に至る下半分を薄肉に形成しているのに対し、本件意匠には右構成が存しない点
e本件意匠ではハンドグリップ(31)は灰色であるのに対し、イ号意匠は黒色である点
f両意匠ではアームサドル(9)の形状に若干の違いがある点
において相違するが、それらはいずれも微細なもので、見る者の注意をほとんどひかないから、アーム部分の与える美感の同一性又は類似性を失わせる程度のものとはいえない。
(オ) 以上の次第で、本体前部、本体尾部、アーム部分の各構成は相当に微細な点まで一致している結果、右各基本的部分の与える美感は同一又は類似であり、本体中央部の与える美感も前記のとおり極めて類似しており、かつ、前記各基本的部分の構成の全体における大小及び配置のバランスは本件意匠とイ号意匠でほぼ同一であるし、全体の概括的な美感は前記のとおり同一であるから、本件意匠とイ号意匠は需要者の目から見て誤認混同することは明らかで、両者は類似するものである。
(二) 予備的主張
原告は、別紙(七)掲記の物品(BN―20)にかかる意匠(以下、「公知意匠」という)の存在を否認するものであるが、右存在を仮定して、以下のとおり主張する。
意匠の要部判断は、全体像を把握し、全体的観察を行つてなされるべきであり、右見地からすると本件意匠の要部は以下の各点である。
(1) 要部A
アーム部(2)が本体(1)に対して約四五度の角度で取り付けられ、ハンドグリップ(31)は先端に行くほど本体(1)の反対方向に反り上がつた形状となつている点
公知意匠ではアーム部の取付け角度は約三〇度であるのに対し、本件意匠では約四五度であり、また、公知意匠においてはアーム部(2)が本体と反対方向に膨らむように取り付けられているのに対し、本件意匠はアーム部の先端に行くほど本体と反対方向に反り上がる形態となつており、手動リベッターにおいては、右の点は全体的観察のうえで極めて特徴的で、公的意匠と対比した場合に本件意匠を際立たせる部分であるからこの部分は「全体観察により、公知意匠にない新規な部分で見る者の注意を強くひく部分」すなわち要部である。
これにより、公知意匠の全体像が、かさ低く、女性的でおとなしい地味な美感を与えるのに対し、本件意匠の全体像は、高く男性的で活発、派手な美感を呈する。
(2) 要部B
本体中央部(リングA(8)の握りローレット(24)寄り端部からフレーム固定リング(20)の終端部にいたる部分)に各種リング等を嵌設等した点
本件意匠と公知意匠を全体的に観察して対比すると、公知意匠には本体中央部に各種リング等の嵌設等がないため、すつきりとした単純な美感を呈するのに対し、本件意匠の本体中央部は各種リング等の嵌設等により、複雑でごちやごちやした美感を呈している。
したがつて、各種リング等が嵌設等されていること自体が新規部分で、かつ、見る者の注意を強くひく要部である。
(3) 要部C
ハンドグリップ(31)の下端からやや先端寄りの位置にハンドグリップストッパー(30)が本体(1)と反対方向に勢いよく突設されている点
右は公知意匠にない新規な部分であり、勢いよく突設されているので見る者の注意を強くひく要部である。
(4) 要部D
アーム(26)の本体側の端部が、調整ねじ等が嵌設されていない単純な形態に形成され、先端に行くにしたがつてやや先細になつており、先端はヘッド(7)に当接されている点
公知意匠では本体側端部に調整ねじが設けられているのに対し、右は新規部分であり、かつ、見る者の注意を強くひくから要部である。
(5) イ号意匠と本件意匠の対比
要部についてイ号意匠を見ると、イ号意匠は、アーム部(2)が本体(1)に対し約四五度の角度で取り付けられ、ハンドグリップ(31)が先端に行くほど本体(1)の反対方向に反り上がつた形態となつており、かつ、本体中央部には各種リング等が嵌設等されており複雑でごちやごちやした形態となつているのに加え、イ号意匠が新規部分C、Dを備えていることはイ号意匠正面図から明らかである。
以上から、イ号意匠は本件意匠の要部を備え、かつ、要部でない部分も全体観察すれば酷似しており、両者は類似している。
6 被告は、故意または過失により原告の意匠権を侵害し(意匠法四〇条)、原告は、これにより一五三〇万円の損害を蒙つた。すなわち、被告は、
月額売上個数五〇〇個×単価八五〇〇円×一八か月(昭和五八年六月一日から昭和五九年一一月三〇日まで)×利益率〇・二=利益額一五三〇万円
の利益を得ており、原告はこれと同額と推定される損害を蒙つた(意匠法三九条一項)。
よつて、原告は、被告に対し、意匠法三七条に基づきイ号物件の販売等の差止め及び廃棄並びに同法三九条に基づき前記損害金一五三〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年一二月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁及び被告の主張
1 請求原因1ないし4の各事実は認める。
同5及び6の主張は争う。
2 原告の主位的主張に対する反論
(一) 本件意匠の基本的形状及び部品の基本的配列構成は別紙(七)の公知意匠により本件意匠出願(出願日昭和五二年一〇月二〇日)前に公知である。
右公知意匠にかかる物品(BN―20型リベッター)の写真が、西暦一九七五年(昭和五〇年)五月に印刷され頒布された訴外ポップリベット・ファスナー株式会社のカタログに掲載され、また、右BN―20型リベッターは昭和五〇年五月に開催された第六回ファスナー展に展示された。更に、右公知意匠にかかるリベッターは公然と販売されており、被告は昭和五〇年一二月一九日に訴外株式会社関西リベット・サービスから購入した事実がある。
(二) 原告も主張するとおり、意匠の要部は新規部分であつて、かつ、見る者の注意を強くひく部分にあり、公知部分に要部を有するものではない。
原告は、本件意匠は全部が新規なもので、公知公用部分は存在せず、見る者の注意を強くひく部分は正面又は背面から見た形状等であるから、その要部は正面又は背面から見た全体にわたる形状であると主張するが、前記公知意匠に照らして失当である。
3 原告の予備的主張に対する反論
本件意匠の要部は、前記公知意匠と対比し、公知部分と新規部分とを究明することによつて明らかにされなければならない。
以下、原告の予備的主張について反論する。
(一) 新規部分Aについて
(1) 公知意匠は、アーム(26)の先端に調整ねじを設けており、これにより取付け角度は変更可能であることは明らかであり、本件意匠と同角度にできる。したがつて、本件意匠のアーム部(2)が本体(1)に対して約四五度の角度をもつて取り付けられた点は新規でない。
(2) ハンドナッターと類似物品であるハンドリベッターにおいて、アームの形状を本体より反り上がるように形成することは本件出願前より周知であるから新規ではなく、また、極めてありふれている以上、見る者の注意をひく要部とはなりえない。
(3) 本件意匠のアームは本体に対して相対的に短く、これにより意匠全体に軽快な感じを与えるのに対し、イ号意匠のアームは本体に対して相対的に長く、全体として重々しい印象を与えており、相互に美感を相違する。このアームは、使用時にグリップを握持して操作するものであるから、グリップの位置の相違と相俟つて需要者をして彼此容易に区別せしめるものである。
(二) 新規部分Bについて
(1) 本件意匠の基本的構成の大部分が公知意匠により公知であることに鑑みれば、リング(14)ないし(18)の点についても、単にこれが多数の部材として複雑でごちやごちやした印象を与えるという抽象的・概念的な点に特徴があるのではなく、それらリングの部品が配置された具体的な態様の点に限定してのみ要部となりうる。
(2) 本件意匠は、後側ヘッド(11)にアームサドル(9)と箱形オーバーピース(12)を設け、これらを挾んで前側にリングA(8)を、後側にリングB(14)を配置したものであり、各リング(8)、(14)を一側に面取りを施し、両リングをその面取りをされていない側面を向かい合わせるように対称的に配置しているが、この点の構成は公知意匠においても全く同様である。
したがつて、本件意匠では、各種リング等を嵌設等している点に新規性があるのではなく、リングA(8)及びリングB(14)を除く、リングC(16)、リングD(17)、リングE(18)、フレーム固定リング(20)を備え、しかも、これらリング(16)ないし(20)をリングB(14)に続けて順次配置した具体的態様の点のみが新規である。
そして、本件意匠は、リング(16)ないし(18)を略同径に形成することにより、これらリングの軸方向連続性を保ち、一連に連絡するヘッド(7)及び(11)並びに細長いフレーム(21)と相俟つて、全体のスマート感及び軽量感を強調している。
(3) ところで、イ号意匠は、本体中央部を更に前後二分し、中央前側部(フランジ(8)からリングB(14)に至る部分)と、中央後側部(リングB(14)からフレーム固定リング(20)に至る部分)とを構成する点に基本的な形態がある。
中央前側部では、公知意匠や本件意匠と異なり、上下方向に長大なオーバーピース(12)を配置することにより物品全体に対し局部的に重量感のある中心部を成し、しかも、該オーバーピース(12)を介在することによつて前後のヘッド(7)と(11)を大きく隔離せしめている。
中央後側部では、後側ヘッド(11)の前側にリングB(14)を配置し、同ヘッド(11)の後側で順次、薄い一対のリングC(16)及びリングD(17)を配置するとともに、リングD(17)に一体の分厚い偏心リングE(18)を配置したものであり、これにより後側ヘッド(11)の独立性を顕在化している。
そして、右の各種リングは、その目的に応じて形状を決定され、かつ、具体的に配置されているのであり、需要者はその使い勝手を理解し考慮したうえで商品を購入するものであるから、その配置の相違は無視されてはならない。
(三) 新規部分Cについて
類似物品であるハンドリベッターにおいて、ハンドグリップに本体と反対側に突出するハンドグリップストッパーを設けることは周知であるから、本件意匠においても新規とはいえず、また、ありふれた形状のハンドグリップストッパーにより見る者の注意をひくことはないから、要部とはいえない。
(四) 新規部分Dについて
右は公知意匠のアーム先端から調整ねじを除去した程度のことで、何ら創作性がないから、要部とはいえない。
(五) 仮に、右CとDが要部としても、意匠全体として見たとき、それらは物品の極めて細部に関する形状にすぎない。
(六) 色彩について
本件意匠の基本的形態は公知であり、本件意匠の要部はその具体的な態様の点に限定されるべきであるから、色彩も本件意匠の要部である。
本件意匠は、本体(1)の一端に位置するスクリューバー(3)、ノーズピース(4)、ノーズ(5)と、他端に位置する握りローレット(24)とを黒色とし、本体(1)の中間部を金属色とし、金属色を主体とすることにより軽量感及びスマート感を強調し、また、アームサドル(9)及びアーム(26)を黒色とし、ハンドグリップ(31)を灰色とすることにより、本体(1)の中間部からアーム尾端にかけて順次、金属色→黒色→灰色となる明度による模様を構成し、これにより前記のスマートな美感を強調している。
これに対し、イ号意匠は、ほとんど全体を黒色とし、重厚感を増している。また、全体黒色のなかにあつて、リングB(14)、リングC(16)、リングD(17)付きの筒部(18)を金属色とし、本体(1)の中間部に見る者の注意をひくアクセントを付与することにより、オーバーピース(12)及び後側ヘッド(11)に基づく安定感及び重厚感を強調している。
4 以上の構成及び美感の相違により、イ号意匠は本件意匠とは非類似である。
第三 証拠〈省略〉
理由
一原告が本件意匠の意匠権者であること、本件意匠権の登録請求の範囲が別紙(二)意匠公報写しの図面代用写真に示されるとおりの手動リベッターの形状であること、被告がイ号物件を譲渡、貸渡し等したこと、本件意匠の構成が別紙(三)の、その説明が別紙(四)のとおりであること、イ号意匠の構成が別紙(五)の、その説明が別紙(六)のとおりであることは当事者間に争いがない。
二そこで、本件意匠とイ号意匠の類否について検討する。
1 意匠の類否は、両意匠を全体的に観察し、意匠の要部を対比することによつて判断すべきものであるが、右要部とは公知意匠がある場合には公知意匠にない新規な部分で見る者の注意を強くひくと認められる部分をいうものと解すべきである。
それでまず公知意匠の存在についてみてみるに、本件意匠の出願日は、前記のとおり昭和五二年一〇月二〇日であるが、〈証拠〉によれば、西暦一九七五年(昭和五〇年)五月に印刷されそのころ一般需要者に頒布されたと認められる訴外ポップリベットファスナー株式会社のカタログに、BN―20型リベッターの写真(別紙(七))が掲載されていることが認められ、〈証拠〉によれば、右BN―20型リベッターは昭和五〇年五月に開催された第六回ファスナー展にも展示されたことが認められるから、本件意匠については、出願前の公知意匠として右BN―20型リベッターの意匠(別紙(七)の公知意匠)が存在していたものということができる。右認定を覆すに足る証拠はない。
2 そこで、次に別紙(七)の公知意匠と本件意匠の異同を対比しながら、本件意匠の要部がどの点かを検討する。
(一) 本件意匠の基本形状は、細長い丸棒に各種リング等が嵌設された本体(1)に細長いアーム部(2)が取り付けられたものであるが、右基本形状自体は公知意匠と同一であるから、基本形状に新規性はなくこれを要部ということはできない。
(二) 本件意匠の本体前部の部分は、スクリューバー(3)からリングA(8)までの形状が公知意匠と同一か又は酷似しているから、新規性はなく要部ということはできない。
(三) 本件意匠の本体尾部の部分は、フレーム固定リング(20)の終端部から握りローレット(24)までの形状が公知意匠と同一か又は酷似しており、新規性はなく要部ということはできない。
(四) 本件意匠のアーム部の部分、特に原告主張の要部A、C、Dについて
(1) 原告は、アーム部(2)の本体(1)への取付角度が公知意匠では約三〇度であるのに対し、本件意匠では約四五度である点が新規であつて、この点が本件意匠の要部の一であると主張する(原告主張の要部A)。
しかしながら、公知意匠はアームの先端に調整ねじがあつて、これにより取付角度を約四五度に変更することが可能なのであり、そのことは手動リベッターの一般需要者たる工事業者にとつて自明のことといえるから、右の点は新規な点とはいえず、これを要部と認めることはできない。
本件意匠正面図
イ号意匠正面図
別紙(七)
(2) また、原告は、公知意匠ではアーム部が本体と反対方向に膨らむように取り付けられているのに対し、本件意匠ではアーム部のハンドグリップ(31)が先端に行くほど本体(1)の反対方向に反り上がつた形状になつている点が新規であつて、この点も本件意匠の要部の一であると主張する(原告主張の要部A)。
しかしながら、アーム部の形状を本体とは反対方向に反り上がるように形成すること自体は、手動リベッターのようなてこの原理の応用によつて握力を強める作業工具にあつては、極めてありふれた構成であるといえるのであり、そのことは、成立に争いがない乙第五ないし第七号証(本件意匠登録出願前に出願されたハンドリベッターの公開実用新案公報)に手動リベッターの形状として、アーム部のハンドグリップが本件意匠と同様、本体の反対方向に反り上がつた形状が示されていることからも窺い知ることができるのである。したがつて、この点も新規な点ということはできず、これを要部と認めることはできない。
(3) 次に、原告は、本件意匠のハンドグリップ(31)の下端からやや先端よりの位置にハンドグリップストッパー(30)が本体(1)の反対方向に勢いよく突設されている点が要部の一であると主張する(原告主張の要部C)。
しかしながら、ハンドグリップストッパーを本体とは反対方向に突設することは、ハンドグリップを本体と反対方向に反り上がらせる以上、これに附随してみられるありふれた形態であるといえ、前記乙第五ないし第七号証の図面においても同様の形状のハンドグリップストッパーが示されているから、この点も新規であるとはいえず、これを要部と認めることはできない。
(4) 更に、原告は、本件意匠のアーム(26)の本体側の端部には調整ねじがなく単純な形態に形成され、先端に行くにしたがつてやや先細になつており、先端はヘッド(7)に当接されている点が要部の一であると主張する(原告主張の要部D)。
しかしながら、調整ねじのない手動リベッターは多数存在するのであり(原告も昭和六一年三月七日付準備書面でアーム部の取付け角度の変更が自在でない手動リベッターは多数あるといつてそのことを認めている)、また手動リベッターがてこの原理を応用するものである以上アーム部の先端がヘッドに当接するという形状もそれ自体は極めてありふれた構成と考えられるから、右の各点はいずれも本件意匠の要部とは認められず、ただこの端部の具体的形状がアーム部全体の具体的形状の一部として本件意匠の要部になるにすぎないものと考えられる。
(5) 以上に検討したとおり、本件意匠のアーム部の構成について原告が要部と主張するA、C、Dの各点はいずれも本件意匠の要部とは認められない。
とはいつても、手動リベッターのアーム部は手動リベッターの使い勝手に関係する重要な部分で一般需要者たる工事業者が注目する部分の一であるから、本件意匠の右部分の具体的形状が公知意匠のそれと異なる以上、右部分の具体的形状が本件意匠の要部の一となることはいうまでもないが、右のとおり原告主張のA、C、Dの各点は要部とは認められないから、その場合要部とみられるのは、右部分の公報において特定された具体的形状のみであるとみなければならない。
(五) 本件意匠の本体中央部の部分、特に原告主張の要部Bについて
本件意匠の本体中央部の部分に本件意匠の要部の一があることは、被告も認めて争わないところであるが、原告が右部分はさまざまの形態の多数の部品が嵌着されていて「複雑でごちやごちやした美感」を見る人に与える点(原告主張の要部B)が要部であると主張するのに対し、被告は右の点は要部ではなく各種の部品の具体的な配設の態様が要部であると主張する。
思うに、「複雑でごちやごちやした美感」なる観念があるかどうか自体一の問題たるを失わないが、少なくとも工業工具たる本件ハンドナッターの全体もしくは部分においては複雑さや手のこんでいることが何らかの装飾美を生ずるものとは解し難く、結局そこでは機能美が問題になるものと考えられるところ、一般需要者たる工事業者にとつては各別の機能を有する各種部品の具体的な配設の態様が重要な関心事であり、そこにこそ機能美を感ずるものと考えられるから、被告主張のとおり右の点を要部とみるべきである。
(六) 色彩について
以上で検討したとおり、本件意匠は、その全体の基本形状及び主要各部の基本形状は公知であり、主としてアーム部の形状と本体中央部の各種部品の配列のそれぞれ具体的態様が新規であるにすぎないとみられるところ、本件意匠は、図面代用写真によつて表わされており、黒ないし黒つぽい色と白つぽく光つた金属色ないし淡色という対照的な二色の組み合わせから成ることが明らかであるから、この色彩の点も要部とみるべきである。
3 以上のような要部の把握を前提として、本件意匠とイ号意匠とを対比する。
(一) アーム部の意匠について
本件意匠とイ号意匠とでは、アーム部の基本形状そのものはよく似ているものといわざるを得ないが、この点は前記のとおり要部ではない。そうだとすれば、本件意匠とイ号意匠とでは、前者のアーム部がその後端がフレーム(21)の後端に至らない比較的短いものであるのに対し、後者のアーム部はその後端がフレームリアナット(22)の後端により更に後にまで至る長いものである点、また前者のアーム部が淡色のハンドグリップ(31)の部分と黒ないし黒つぽい色のその他の部分の二色から成るのに対し、後者のアーム部はその全体が黒ないし黒つぽい色のほぼ一色から成る点において、顕著な差異があり、右差異は見る者に美感の相違をもたらすものとみなければならない。
(二) 本体中央部の意匠について
本体中央部における各種部品の配設態様をみてみるに、本件意匠では、① ヘッド(11)が本体前部のヘッド(7)と連続した単一の円筒を形成しており、② オーバーピース(12)はヘッド(11)の上部に配置され後半分がアームサドル(9)から突出しており、アームサドルはヘッドの下にまでは跨設されておらず、③ (14)、(16)ないし(18)のリングがオーバーピースの後端から後にほぼ連続して配設されているが、イ号意匠では、①′ ヘッド(11)がヘッド(7)とは径も異なりアームサドル及びオーバーピースにより遮られて相互に分離されており、②′ オーバーピースはアームサドルの下部に下半分がアームサドルから突出した形で配置され、ヘッド(11)の下の線より更に下まで及んでおり、③′ (14)のリングと(16)ないし(18)のリングとの間に間隔がおかれており、右①②③と、①′②′③′との差異も見る者に美感の相違をもたらすものとみなければならない。
(三) 本体その余の部分の意匠について
本件意匠とイ号意匠とでは、本体その余の部分の基本形状が同一又は酷似しているものというべきことは前記のとおりであるが、この点も要部でないことも前記のとおりである。そこで、色彩についてみてみると、本件意匠が本体ノーズ部分(3ないし5)、アームサドル(9)及び握りローレット(24)が黒ないし黒つぽい色であるほかは本体は白つぽく光る金属色であるのに対し、イ号意匠は(14)(16)ないし(18)のリング及び握りコネクター(23)が白つぽく光る金属色であるほかは本体は黒ないし黒つぽい色であつて、この点も見る者に美感の相違をもたらすものとみられる。
4 そこで、右の要部における対比を念頭において本件意匠とイ号意匠とを全体として比較観察してみると、本件意匠が軽快で明るい美感を生ずるのに対し、イ号意匠は重厚で安定感があるという美感を生じ、両者の間には美感の点において顕著な相違があるものといえるから、両者を類似するものということはできない。
三以上の次第であつてみれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官小松一雄 裁判官高原正良)